Interview インタビュー

Claude Lelouch クロード・ルルーシュ

この映画がはじまったきっかけ

この映画は、様々な状況がうまい具合に重なり合って始まった。私が別のプロジェクトをやっていた時、エルザ・ジルベルスタインとジャン・デュジャルダンから電話をもらったんだ。2人が、ただ私と仕事をしたいと思っていることを知らせたかったという、それだけのものだった。そして、次にインドとの“啓示”のような出会いがあった。彼らとお互いに考えていることを話していくうちに、私好みのラブストーリーが浮かんできた。ジャンとエルザが私を突き動かしたんだよ。彼らは思いもよらないカップルになる可能性を秘めていた。お互いに違いすぎるからこそ、理想的なカップルになるはずだ、と。
ジャンとエルザのことを考えながら、私は大急ぎで脚本を書き上げた。2人は私の執筆作業を見守り、その工程を楽しんでいた。私は初めて“熱意ある要望”に応える形で映画を作り上げたんだ。

愛とインドと、コメディ

愛は人間にとって、一番の関心事だ。ラブストーリーほど満足感を味わえるものはないと同時に不快なものもない。つまり愛というのは混沌としたものであるがゆえに、驚くべき展開となる可能性があるんだ。事実、愛はこの映画の唯一のテーマだ。愛に限界はない。誰かが誰かを深く愛していても、別の人間を好きになることもあるということを描きたかった。私にとって愛とは、あらがうことのできない麻薬のようなものだ。 私はコメディを作りたかった。そしてそれ以上にラブストーリーの陳腐なパターンを打破したかったんだ。インドはこの作品のキー・キャラクターのひとつだ。ずっと私は、インドに行くべきだと言われ続けてきた。私の哲学や世界に対する物の見方や前向きな態度、映画に盛り込んだものを見て彼らはそう言っていたのだろうが、やっと75歳にして、かの地を訪れた。思っていたとおりの国だった。世界中を何度か旅したことあるが、私にとってあそこが一番美しい国だった。何よりも貧富の格差があるのが気になったが、合理的なものと不合理なものが共存しているのがいい。素晴らしい出会いだった。もっと早い時期にインドのことを知っていたら、すべての作品をインドで撮影していたかもしれないと思ったくらいだ。

撮影現場では

俳優たちの演じたストーリーに真実味がある限り、私は「カット」と言わなかった。そう、「カット」と言ったのは、嘘っぽく感じた時だけだ。セットでも滅多に「カット」と言わなかった。これ以上は無理があると思った時でも、彼らは迫真の演技を続けていたんだよ。 彼らは監督である私を観客の1人に変えてしまった。毎日、私は監督として現場に入り、指示を出していたが、その日の終わりには自分の映画の観客になってしまっていた。彼らはこの作品を見る将来の観客のように、私を笑わせ、泣かせ、心を動かした。才能のある俳優たちというのは素晴らしい。私は大好きだ。7週間ずっと、生のエンターテインメントを見させてもらい、ラブストーリーのドキュメンタリーを撮っているような気持ちで彼らを撮影したんだ。

音楽について

この映画では、音楽も非常に重要な位置を占めている。映画音楽作曲家というジャンのキャラクターを通して、『アンナとアントワーヌ 愛の前奏曲(ルビ:プレリュード)』では、幸運にも私が一緒に仕事をすることができた、すべての偉大な作曲家たちを称えている。この作品で喜びの再会を果たしたフランシス・レイはもとより、ミシェル・ルグランやクロード・ボリンもそうだ。私が彼らの音楽に魅了されたのは、知らず知らずのうちに体に染み込んでいたからだ。誰もどこで音楽が生まれたなんか知りようもない。音楽とは神自らの表現なんだよ。

お互いを追い求めること

アンナの役柄は、男のあらゆる悪い部分を持つこの見知らぬ男を魅了する。様々なことが彼女を悩ませかねないのだが、そのことがより魅力的に見えるんだ。相手はタフガイの生き残りのような男だ。そもそも彼は何よりも、自分のことと仕事のことしか考えていない。典型的な自己中心的な男だ。そんな彼がアンナに出会い、インドという土地柄が彼を変えていく。インドから帰ってきて変わらない人間はいないからね。あそこほど逆境を受け入れている場所はない。妬みというものがほとんどない土地だ。だから他の人間に目が行ってしまう。よくよく観察してみると、多くの魅力的な人々がいて、そして必要とされているのかが分かる。あの国は何が最も大事で尊いことなのかを教えてくれる。それはつまり度量の深さと正直さで、これが出会いを引き起こす背景なんだ。我々には運命なんて分からない。もし人生がチェスのように長く複雑なゲームだとするならば、我々は驚きに驚きを重ねながら成長するのかもしれない。男女の仲ほど興味深いものはない。この地上で最も美しい風景も単なるオマケにすぎない。素晴らしいラブストーリーは、どこででも起こり得る。内なる感情に目覚めるために、ガンジス川に入ったり、ヒマラヤ山脈に上る必要はないんだ。

アンマについて

この映画で体験したあらゆる奇跡の中でも、アンマとの出会いは最高のものだ。周りの人たちを抱擁して、愛を振りまいている彼女の話を小耳にはさみ、素晴らしいアイデアだと思った。私は彼女が生まれた南インドのケーララに出向いた。彼女は毎日、数百人の人間を抱きしめているが、1人として同じ気持ちにはならない。それぞれが別々の人生を抱えてやって来るからね。私は数時間滞在して、彼女を見ながら、映画に収められないかと考えた。アンマには神々しさがある。私は人生で数千人と出会ってきたが、彼女は最も印象深い人の1人だ。 私は彼女にもジャンにもエルザにも演技を求めなかった。まるでカメラ抜きで彼女に会いに来たというように、2人はアンマに会ったんだ。アンマと俳優たちからかなり離れた所にカメラを置き、長焦点の望遠レンズを使ってニュース映像のようなアップで撮影した。私はニュース記者としてキャリアをスタートさせたんだが、映画監督になってから、そのテクニックを使える機会を伺っていたんだよ。だから私は俳優だけをアンマのところに行かせた。何か起こるかもしれないと考えてね。それはすごい光景だったよ。

人生を謳歌することについて

私が愛してやまないことが2つある。それは人生と映画だ。映画が私に人々が人生を謳歌できるようなものを作らせてくれる。この世の怖さを痛いほど分かっていても、私は世界を愛している。だから多くの人にも愛してほしいんだ。ネガティブなものがポジティブなものより、重要になってきている世の中に私たちは生きている。悪いニュースがいいニュースを凌駕している世の中だ。でも映画を1本作るたびに、どうしたら人々がこの世の中を、より好きになってくれるかを考えてきた。私は映画の持つ力が人の心を2時間で変えられると信じている。私は人生を賭けて、俳優や脚本やカメラを開放するよう努めてきた。そしてこの映画には、50年間の私の思いを盛り込んだんだ。自分のデビュー作のように、存分に楽しんでこの映画を作ったことは確かだ。

※文中の役名
アントワーヌ役/ジャン・デュジャルダン
アンナ役/エルザ・ジルベルスタイン

Jean Dujardin ジャン・デュジャルダン

映画が生まれたきっかけ

クロード・ルルーシュ監督とエルザと3人で会った時、僕たちはクロードの『あの愛をふたたび』(1970)の冒険版ラブストーリーで、地球の反対側で撮影するというアイデアを出したんだ。するとクロードが、「君はアントワーヌ・アベラールという作曲家で、エルザは外交官の妻だ」というアイデアを出してきてチェスの駒はセットされた。旅は恋愛を育てるというのは、まさにクロードの世界で、そこが彼の映画の好きなところだ。独自で組み立てていき、皮肉を加えない。彼の映画はロマンチックでおかしくて、でも不合理で残酷だ。人生と似ている。クロード・ルルーシュと2人(男女)のキャラクターとインド……もう映画は完成したようなものだった。

クロード・ルルーシュ監督について

クロードは、僕が監督というキャリアに期待するものをすべて兼ね備えている。彼は頭が柔らかく複合的な発想ができる人間で、俳優に裁量を与え、自由な演技や台詞の変更もいとわない。映画製作で僕が好きなところは、クルーたちとそういう環境で2~3か月過ごせることなんだ。クロードもそんな環境が好きだから、映画製作を楽しんでいて、毎日のように自分の脚本に手を入れていたよ。現場では彼が「(カメラを)回せ」、「アクション」、「カット」と叫んだのを聞いたことがない。彼の前では、いままで不可能だと思っていたことをやらなければならない。準備してきたもの、想定していたもの、押し殺していたものを放り投げてね。限界だなんて気づく暇はないんだ。だって、もう始まっているんだから……。それから、彼は型にはまっていないものが好きで、突発的な出来事や予期せぬことを好む。あんな自由な感覚、馬鹿なことを言えるという特別な楽しさはしばらくぶりだった。何かが降りてきたような感覚で、クロードが喜ぶもんだから、現場では彼を笑わせることだけを考えていた。するとエルザから機転を利かせた反応が返ってくるという、そんなやり取りが続くんだ。僕は短いキャリアの中で素晴らしい経験をしてきたが、今回のようなやり方で演じたことがなかったから感慨深いよ。あそこまで自分を解放したことがかなった。こんな映画は、後にも先にもないだろうね。

アンナ役のエルザについて

僕が演じたアントワーヌは、無頓着な人間だから、思い切って好き勝手にやれたんだ。エルザはその相手として、最高のパートナーだった。エルザとのシーンでは、お互い何度も驚かされることがあった。彼女は怖いもの知らずで、シーンに入り込むと、何でもやってしまう。たとえば暑いからってバスの中でブラウスを脱いだりする。茶目っ気があって、愉快な人間だ。彼女を見ていると笑っちゃうんだよ。知性的で気さくで、教養があって、機転も効く。僕らは仕事をしている間は1日中、甘やかされた悪ガキのようにふるまうようにしていた。楽しみながら、リスクを冒そうって決めたんだ。その結果現場での毎日はワークショップか実験的な演劇みたいだった。

インドでの撮影について

インドについては何も知らなかったが、それが良かった。僕は何の先入観も持たずに、カルチャーショックを経験したかったんだけど、それは空港に降りた途端、始まったよ。インドみたいな国は他にない。新たな発見があり、自分を反省し、ショックを受け、心を動かされ、美しいものや見たくないものを目にする国だ。あらゆるものが月並みな枠を飛び越えている。こんなに影響を受けるとは想像もしてなかった。
この映画は今の時代には非常に珍しいものを観客に見せるはずだ。テレビのために企画されたものではなく、映画館向けに、映画らしい感動を大きなスクリーンで見せるために作られたものだ。それも本物のインドが舞台で、決して絵ハガキ的な観光映画じゃない。本当のインドを舞台に感動的なストーリーがじっくり見られる。こんな作品は滅多にないよ。僕らは、異国の地でいろんな出来事に遭遇したり、また引き起こしたりして、それに対して誰もが示す反応を描きたかった。エルザやクリストファーやアリスも、一瞬一瞬のゲームを楽しんでいた。そして観客にも我々と一緒に楽しんでもらえると思っている。僕も観客の1人として、個人的にこの映画が好きだよ。

Elsa Zylberstein エルザ・ジルベルスタイン

役柄について

私の役柄のアンナは、気高くて純粋、熱心で夢見がち、ちょっと現実離れした女性ね。ジャンとクリストファーを相手に演技するのは魅力的だったわ。ジャンはすごく自然体で分かりやすくて、クリストファーはどちらかといえばインテリだけど、すごく誠実で度量が深くて情熱的なオーラがにじみ出ていて、素晴らしい人よ。アンナは、今までやった役柄の中で一番私に近くて、私の素の部分が、時にはややロマンチストで面白いキャラクター作りに役立ったわ。彼女は少し空想癖があって、信心深いのね。だから奇跡や人間の善の心を信じているの。アンナはクリストファー扮する大使と出会った時、自分を見失っていたの。大人びた外見の裏には、幼い少女の部分があって、彼に父親の面影を見出したのね。(撮影の)1~2年前だったら、アンナを演じられなかったかもしれない。私は変わったのかもね。ルルーシュ監督のおかげで私たちは翼を広げて、巣から飛び立てた。彼は自由に演じるチャンスをくれたの。

クロード・ルルーシュ監督について

私が子供の頃、初めて映画で感動したのがクロード・ルルーシュの『愛と哀しみのボレロ』(1981)だった。当時はバレエに夢中になっていたから、あの映画は啓示のように思えたの。それで突然、自分は女優になれると気が付いたの。人を感動させたり、泣かせたり、笑わせたり、夢を描かせたりできるって。あれは最高の映画よ。私はずっと、クロードと一緒に映画を作りたいと思っていたの。だからあんなに撮影が楽しかったことはなかったわ。彼は俳優に自分の枠を破るように仕向けるのよ。俳優の本質を熟知していて、俳優が持っているすべてを差し出したくなるような雰囲気を作るのよ。だから私たちは思い切って叫んだり、怒ったり、涙を流したり、笑ったりできるの。彼のためにね。彼は人生も人間もよく知っているの。信じられないほどの洞察力と謙虚さを持ち合わせた人物よ。

アントワーヌを演じたジャン・デュジャルダンについて

ジャンは俳優としても人間としても素晴らしいわ。バッグをつかんで、旅に出るには理想的な仲間ね。彼といると元気になれるし、それでいてクレイジーでおかしくて、私が男性に求めるものをすべて兼ね備えているわ。あれほど俳優同士で笑ったことはないわね。ジャンは場を輝かせる才能がある。すごいアイデアマンで、回転が速いし、クリエイティブ! それで私はそれに乗っかるんだけど、これがスリル満点なの。俳優同士でこういうことはすごく稀なのよ。私たちの楽しいアドリブがストーリーとキャラクターを豊かにしたはずよ。

インドとアンマについて

今回のインドへの旅は、私の人生を大転換させたわ。頭では分かっていたつもりだったけど、自分たちの身に起こることのすべてには目的があることを学んだの。アンマとの出会いは一生忘れられないわ。抱擁で彼女に腕を回された時、すごい衝撃を感じたの。その様子をクロードがフィルムに収めていたわ。少女のような笑顔の彼女の優しさは、私を心底震えさせた。そして彼女の両腕に崩れ落ちて、泣いたの。まさに魔法だった。離れて見ていたジャンも心を動かされていた。あの場所では私たちはただ存在するだけで、もう出演者ではなかった。この映画は自分の人生を信じろと言っているのよ。怖がっていたら何にも起きないわ。あえて飛びこむことで、人生はやさしく応えてくれる。この映画は観客に翼を与え、インドへの旅に誘ってくれる。この映画は、“私たちには愛が必要で、人生を冒険して、運命を信じろ”と言っているのね。